尾道は住古より港町として栄え、風光明媚なことから多くの文人墨客が訪れている。中でも頼山陽は「六年重ねて来たる千光寺」と漢詩にも詠んでいる。
 大宝山権現千光寺は標高百四十米、尾道港を一望する大宝山の中腹にあり、大同元年(806年)の開基で中興は多田満仲公と伝えられている。珍しい舞台造りの本堂(貞享三年・一六八六)は別名「赤堂」とも呼ばれ、林芙美子も放浪記の中で「赤い千光寺の塔が見える」と書いている。
 本尊千手観世音菩薩は聖徳太子の御作と伝えられ、三十三年に一度開帳の秘仏。昔から「火伏せの観音」と称せられ、火難除けに霊験あらたかで、今は若い人には「試験合格」「縁結び」「子授け」「交通安全」壮年の方には「家内安全」「夫婦円満」「病気平癒」老年の方には「延命長寿」等諸願成就の観音としてお詣りが絶えない。
 境内の中央に玉の岩と呼ばれる周り約五十米の大岩がある。当山第三の巨岩でこれには次のような伝説がある。「住古この岩上に如意宝珠あり、夜ごとに異光を放ち、遥かに海上を照らす。しかるに異国人来たりて、この山に上り、寺僧に向かって、我に金あり、汝にこれを与えるによりこの大石を我に与えよと、寺僧それに答え、売ることはできぬと断りしも、異国人は、ひそかにこの大石に登り美玉を奪い去りたり」と。現在でも、この岩の頂きには径十四糎、深さ十七糎の穴があるが、この穴が光を放つ宝石があった跡だといわれている。この山を大宝山、寺を千光寺、港を玉の浦と言い古されたのも、この伝説にもとづくのである。
 鐘楼(明治二十三年再建・一八九〇)この鐘は「時の鐘」として、元禄初年より時刻を近郷近海に報じ、近年はテレビ、ラジオを通じて「除夜の鐘」として広く人々に親しまれ、尾道の名物の一つになっている。
 この鐘の特徴として鐘の上部に一〇八個のイボ(乳)がなく、梵字百字の真言と五智如来の真言が浮き彫りになっており、これはこの地方では珍しい曼荼羅の鐘である。鐘楼(驚音楼の鐘)は平成八年環境庁の「日本の音風景百選」の一つに選ばれた。特にこの付近の情景は文豪志賀直哉氏の小説「暗夜行路」にも描写されている。