不肯去観音は「行かず観音」と言う意味である。日本の僧
慧鍔は五台山で観音像を入手(858年)、今の寧波から船で
帰国しようとした。途中、普陀山にさしかかると白波立てて海
面に鉄の蓮が何百と湧き出し、船が通れなくなってしまった。
船長はじめ全員が恐れおののき、「観音像が海を東する機縁
はまだ熟していないということでしたら、どうぞこの山にお留ま
り下さい」と祈ると、船はすぐに動けるようになった。慧鍔は早
速観音像を抱いてこの岸に上がった。この地に住む張氏はこ
の成り行きを見て大変感激し、自分の家を提供し、そこに尊像
を祭りたいと申し出た。こうして普陀山は観音道場となり、仏寺
が建立されるようになったのである。普陀山最初の寺院が不肯
去観音院である。
 その後、宋の太祖はじめ各代の皇帝が寺院建立の擁護寄進
が続き、普陀山は中国の仏教聖地の一つになった。