
| 巡拝には,最小限必要なもの、あったら便利なもの、後に記念になる もの等々、必携すべきものがある。 |
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| 先に説明した花山法皇は、西国観音霊場巡拝の折、第三番粉河寺に参られて、歌一首を札に記して納められた。その後それをまねて、巡拝者は木札を造り、首にかけて、それを一ヶ寺毎一札打ちつけて巡ったものである。 今では、木札は紙札になり簡単になった。観音霊場を「札所」と呼ぶのもこの為である。又「札打」のことばも、木札を打ちつけて巡ることからきたもので、一つに父のため、一つに母のため、一つに自分のために三度巡拝することが無上の功徳を授かるといわれている。納札は堂舎の柱や梁棟に貼りつけるのではなく、所定のところに納めること。霊場巡拝は観音さんとの同行二人の旅なので、いろいろと作法や礼儀が尊ばれる。 |
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| 昔は、予め各自祈願の念を込めて、「観音経」や「般若心経」 を浄写して、それを各霊場毎に納め、その受納のしるしとして、閻魔の宝印を受けたのであるが、今日では所定の納経料を納めれば、寺々の観音さんの御朱印を納経帳(集印帳)やお軸に受ける事が出来る。又、写経をしない代わりとして、本尊さんの前でお経や御詠歌をお唱えするのである。従って、読経しない巡拝はありえない訳で、それは単なる観光旅行としかいえないのである。 |
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| 先に説明した徳道上人や花山法皇は、巡拝の折、観世音を背負い、俗身に笈がふれないようにと清浄な白衣をつけておまわりなったという。 今日では、笈摺に各寺の宝印をいただき、死後の旅路に身につけるとされてます。書き方は上の通りですが、普通は両親のある者は中央を白く左右を紅くし、片親しかない者は全部白としている様ですが、今はそれにあまりこだわらない様である。 |
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| 昔の様に歩いて巡った時には、雨露をしのいだり暑い陽光を除けたりと、
たいそう役に立った訳である。 笠には『迷故三界城、悟故十方空、本来無東西、何処有南北、同行二人』と書く。その大意は『日頃欲望、煩悩の中で苦しみ悩んでいるが、精進修行の霊場巡拝によって心身の汚れをとり、迷いの中からぬけ出せて幸福な人生となる。ましてや観音さんのお徳をいただいたとき、平和な社会も建設できよう』というもの。笈摺や菅笠に観音さんの梵字を書く場合もある。 |
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| 杖は、観音さんの分身で道中の自分の身を助けてくれる。山中深く入れば蛇も出よう。 それを払い、道を切り開いてくれるし、迷い道の案内役もしてくれる。又、山坂も身を支えてくれる。正に、杖は執金剛神(仁王様)の持つ金剛杵を形どり、上部に五輪(地水火風空)を現わし、観音さんの加護で無事巡拝出来る護身の杖である。宿に到着すると杖の先を洗い、床間に立てておく。又、橋の上では弘法大師が橋の下で一夜をとられたという事から、杖をつかない事になっている。 また、観音巡拝には竹の杖を使用し、巡拝の最終のお寺に杖を納める習慣のある地方もあります。 |
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| 巡拝には、衣装として手甲、脚絆、白地下足袋、袈裟鈴、ずた袋等をつけるので ある。供物として、さい銭、洗米、線香、ローソク等の用意も必要であろう。 |