そもそも巡礼とは、高徳な人、聖なる人のあとを慕って、聖跡を巡り礼拝する事である。 もとは、インドで起こったもの。マホメット教やキリスト教の信者は、メッカやエルサレムの聖地に巡礼するのである。日本に於ては、奈良時代、文武天皇の頃、養老二年(七一八年)大和国長谷寺開山徳道上人が冥界に遊し、閻魔大王から「観音菩薩有縁の三十三ヶ所を巡礼した者は、どんな悪人でもその罪を償って極楽へ行ける。地獄へ落ちて苦しむ者を一人でも多く助けよ。」とその宝印を授かり自ら先達となって巡拝なさったという。今から約一二五〇年前の事である。その後宝印は中山寺に埋められるのであるが、神武天皇六十五代花山法皇は、永延二年(九八八年)その宝印を掘り出し万民救済の為巡拝し、観音霊場の再興をされ、西国観音霊場を作られた。それ以来、観音信仰は現世利益を求める庶民の中に大きく根付き、諸国に多くの観音霊場が誕生していったのである。弘法大師の御徳を慕って巡る四国八十八ヶ所や、西国、坂東、秩父の百観音巡拝、更には新西国霊場等が特に有名である。






 当中国観音霊場は、昭和57年3月に世情の仰望に応えて新たに誕生したものである。その範囲の広さ、規模の大きさ、更に亦、山陽山陰と異にする景色の豊かさ、おもしろさは比類なきもので、正に時代に適応した巡拝路であるばかりではなく、古刹、名刹の各寺院の観音さんも巡拝することで、その広大無辺の妙智力も大なるのもがあり、必ずや諸願成就、無病息災、罪障消滅極楽往生するものと確信する。