本堂南側に位置する観音堂は寛永八(一六三一)年津山城主初代・森忠政公寄進によりもので、現在、中国三十三観音特別霊場としてまつられている聖観音(慈覚大師作)は、元禄十二(一六九九)年、当山第十五世通誉上人が、当山御本尊を江戸回向院、増上寺等出開帳の際、八百屋お七の遺族がお七の位牌と振袖を上人に渡され、お七の供養を依頼した。
上人はそれらを作州に持ち帰り、お七の菩提をねんごろに回向された。
当山の観音菩薩を静かに拝する時、衆生の心を見透かすかの様な、霊験あらたかな不思議さを秘めている。
両脇には「不動明王」「毘沙門天王」が置かれ、災難厄病を除き、招福開運を得られるのである。
誕生寺は、浄土宗他力念仏門の開祖、法然上人降誕の聖地、建久四年(1193年)法力坊蓮生(熊谷直美)が、師法然上人の命を奉じこの地に来て、上人誕生の旧邸を寺院に改めたもの、すなわち誕生寺である。
本堂須弥壇の位置は上人誕生の室のあった所。 爾来八百年の星霜を経て法灯絶えることなく全浄土教徒の魂の故郷と敬仰されている。
中国三十三観音特別霊場であるとともに、法然上人(圓光大師)二十五霊場の第一番でもある。「法然上人誕生の地」として、岡山県の「史跡」に指定された境内には、誕生椋、無垢橋、産湯の井戸など、永き歴史を物語るものがある。
法然上人の御両親は、当時多くの人に信仰されていた岩間の観音菩薩(柵原、本山寺)に二十一日の御祈願をされ、法然上人を授かったといわれる。